2024年の振り返り
メリークリスマス!
もういくつ寝るとお正月ですね!あっという間に今年も終わります。なので、年内最後に今年の振り返りを書こうと思います。
そう思い先日、今年の目標を思い出そうも「なんだったっけ………」て去年の記事を見返しに言ったくらいには年内目標のことを忘れていました。
まぁでもいいことなんですよねこれは。目標をめちゃくちゃ意識して気を張って生きていた頃の私ともまた違って、すごく楽しく充実していて、それでいて実りのある1年を過ごすことができたわけですから。
一応、昨年の記事を置いておきますね。
要約すると「目標にしばられないで生きるのも悪くないな」と気付いたのが2023年でした。とはいえ、最後の方に目標っぽいのは書いているので、それについて今年はどうだったかという点からまずは振り返ろうと思います。
【目標1】英語を頑張る
頑張りました。まぁなにか形のある成果を得たわけではないんですけどね(英検やTOEICを受験したとかそういうのはない)
とはいえ、昨年に引き続き毎日しっかり取り組むことができたかなという感じです。分かりやすい部分でいうと、語学アプリのDuolingoは7月に365日を達成しました。今丁度530日くらい。
英語学習で取り組んでいることはこれだけじゃないんですが、どれも機嫌よく楽しく学習に取り組むことができたのは良いことかなと思います!
以下、今年成長を感じた部分についての感想です。
1️⃣スピーキング
これに関してはめっちゃ成長です。
1年前にスピーキングに挑戦してみたところ、意外と面白いなと思ったのがきっかけで、しばらく取組でいました(夏以降スケジュールが激化して今はあまりできていません。主に今年の冬〜春の時期によく取り組んでいました。)
流暢にペラペ〜ラというわけでは全くないんですが、もともと「喋れるようになりたい」とは思ってなかった私が、簡単なやりとりができるようになったのはめっちゃすごいなと改めて思います。
基本的にはインターネットで適当に同じ趣味を持つ人を探して話してみるのがメイン。あと対人で気が乗らないときはアプリを使うこともあります。さらに、春には外国人とのハングアウトの機会もありました(これについて記事を書くつもりだったのに、完全に飽きて忘れている)
ハングアウトの相手はイギリス人。来日するので会おうということになり、予定を合わせて神社を観光。近くで縁日もやってて良かったです。
最初は自信なくて事前に「翻訳機使うかも😅」て話してたのですが、実際には翻訳機を使うことなく5時間くらい楽しく会話することができました。結構すごい!
これは相手がすごく丁寧な英語に喋ってくれたのも大きかったと思います。過剰にゆっくりというわけではないのですが、とにかく丁寧にきれいな英語で話してくれて、理解しやすかったです(たまに若い子と喋ったりtextしたりすると、ネイティブでもスラングや端折り多めのBrokenEnglishで分からんことも結構あるので……彼がそうじゃなかったのはありがたい)
とはいえ、自分自身の努力や行動あっての結果だとも感じています。相槌を打ったり質問したり、会話を繋げたり、こんなの2年前の私が成し得ただろうか………?と考えると答えはNOですね。成長です。
ちなみにこちらの写真は、イギリス人がくれたプレゼント。私がポケモン好きなのを知っててのプレゼントだったので、とても嬉しかったです!私もJapanese thingsをプレゼントしています。良い機会になった〜。

2️⃣リスニング
さっきスピーキングで会話が成立したと書いた通りですが、リスニングもできるようになりました。
今年の夏に、観たい映画があってDisney+に登録したのをきっかけに、Pixar作品を中心に洋アニメーションを観まくっていました。で、せっかくならと、新規・再視聴問わずほぼ全て英語(字幕無し)で視聴(一部、旦那と一緒に観る初見映画だけは日本語で視聴)
いろいろな作品を楽しみましたが、私このレベルの作品なら字幕無し・完全初見でもちゃんと理解できるんだ!てことに感動しました。
やってみてわかったのですが、内容知ってる=英語が聞き取れるというわけではないのが面白かったですね。たしかに母語で内容理解してる映画は、セリフの内容を推測はできるのですが………
例えばカーズなんかは内容しっかり覚えていましたが、実況など早口なシーンが多く難しかったです。2に至ってはほとんど聴き取れませんでした。2はとくに専門用語も多かったのも理由の一つかも。
リメンバ一・ミ一もアクセントがキツく(私はラテン系の訛りはリスニング苦手)、内容こそ何度も観て知っていましたが、「これ初見だったらこの世界のシステム理解できてたかな……いや出来てなさそう……」と思ったのが正直なところです。画を見てても分かんなかったと思う。
この話はいつか別で簡単に記事にしようとは思っていますが(多分)、長くなりそうなので一旦止めます。
原語でコンテンツを楽しむのってめっちゃいいねってところで2年前から語学ゆるゆると頑張ってきてましたが、まさか初見映画が字幕無しで理解できるほどになってたとは驚きです(子供向け限定ではありますが)
SINGなんかは原語版で観るとちょっと印象変わる部分もあり………やはりオリジナルで観るのってめっちゃ大事だなと実感したのでありました。
また、アニメーションだけでなく、YouTubeのドキュメンタリーなんかも観れるようになりました。発信者が発信者然としたハッキリした喋り方をしてるものではないので、これもまた練習になります。
まだ理解度は甘いですが、これは十分な成長の第一歩と捉えています。
3️⃣その他
[発音講座への参加]
これは機会があり、全15回?くらい参加した感じです。
発音矯正自体は去年末にハマって、苦手なものは結構潰してたので私はあんまりひっかからなかったのですが、もちろん完璧ではないのですごくためになりました。Chocolateって発音むずいね。
[道案内系のイベント]
在宅なんで機会こそ多くないですが、それでも東京まで出るとめっちゃ道聞かれますね。観光客多すぎ。
いつも外ではイヤホンしてるので、道聞かれても最初は聞き返すところからはじまってはしまうのですが、それでもきちんと案内してHave a nice triiiip 👋まで自然に言えるようになったのはこれまでの経験が活かせてると感じる。
とはいえ道案内、私も東京あんま得意じゃないから脳のリソースがそっちに割かれるんだけどね……東京得意になりたいね〜
英語に関してはこんな感じです。マイペースではありますが、昨年よりも大きな成長を感じられる年となりました!
【目標2】ダイエットを頑張る
2年くらい前から人生初のリバウンドがはじまってしまい、以来なにをしてもダイエットの成果が出ないどころか体重が日に日に増加。
食事制限や運動を取り入れるも全然うまくいかず………これは、加齢によってこれまでのやり方が通用しなくなってきてるのかも?と感じ、8月中旬についに、あすけんを入れました!
最初は基準値内に抑えようとすると「こんなに食べなきゃいけないの……?!」「これ太っていってないか………?」と思ったり、脂肪酸や脂質が爆発しがちで「なんだこの無理ゲー!」と思ってましたが、だんだん慣れてくるもので。
今はあんまり意識せずにバランスよく栄養素を収めて高得点を取ることができます。もちろんアプリ内数値だけではなく、開始3ヶ月くらいしてから体重がゆるやかに落ち始めてきてとてもいい傾向です。
ずるせずにかなりクソ真面目に入力してますが(それでも誤差はあると思うけど)、平均は70点くらいで結構高い。意図せずだけど100点も取ったよ〜!

前よりも食べ物を自制することが増えたし、忙しいながらに運動習慣もつき始めました。
しばらくは未来さんにお世話になろうと思います‼️
以上です!
大きな目標はこの2つでした。どっちもまだ道半ばではありますが、大きく成果を感じられた1年になりました。
では次に、目標以外で印象的だったこと・改善できそうなことを振り返ります。
印象的だったこと
1️⃣今年ハマったゲーム
スプラトゥ一ン3に、発売2年が経過した今当然めっちゃハマっています。
それまでフェスしかやらない祭りの人間だったのですが、10月にDLC(サイドオ一ダ一)をクリアしたのをきっかけに毎日めちゃくちゃ遊ぶようになりました。
もともと1・2はめっちゃやってたんですが、結婚後生活環境が若干変化し、体力やタスクの問題で生活にゲームを取り入れるのがなかなか難しくなってはきているので………今疲れを感じず楽しく遊べてるゲ一ムがあるのはすごく嬉しいことです。
ちなみに今年のゲームプレイグラフはこんな時間。今年ちょっと……というか、かなり忙しくて3〜9月がゲームどころじゃなかったのでその部分は凹んでいます。9月に画集の予約をきっかけに時間を見つけてプレイ再開→10月にDLCをクリアして、いろいろあって(本当いろいろあって)再熱しての今で。

ちなみに今年のゲームプレイグラフはこんな感じ。今年ちょっと……というか、かなり忙しくて3〜9月がゲームどころじゃなかったのでその部分は凹んでいます。9月に画集の予約をきっかけに時間を見つけてプレイ再開→10月にDLCをクリアして、いろいろあって(本当いろいろあって)再熱しての今です
正直言うと、まだプライベートは忙しいのですが………それでも毎日ゲームを出来ていることの幸せを、日々噛み締めております。来年フェスも発表されたし、頑張るぞ、(そこまでに今持ってる生活タスクを一旦終わらせたい……!)
2️⃣アイデンティティクライシスが起こった
8月にある出来事をきっかけに、自分自身への疑問が生まれ、ガラスがバキバキ音を立てるようににひび割れ、崩壊し、自身の在り方を見つめ直すような期間が訪れました。
最初は、「このクソ忙しい時期に、なんで?!悩んでる時間なんてないのに……!」と混乱しましたし、大切なことに気づいて大泣きした夜もありましたが…………たくさん悩むことで、それまで長い間、それこそ10年くらい悩み続けてたたくさんの問題がスッと消えていきました。
自分の再定義をして、自分自身にきちんと向き合ったのが良かったのかなと。
お恥ずかしながらこの歳になるまで気づかなかったのですが………自分の根っこはなかなか変わらなくても、つける花の種類や色は変わるものなんですね。「私はこの1種類の花を咲かせる!」と思っているものって実は恒久的ではなくって、大人になるにつれて、咲かせる花の種類や数が増えたり、新種に変化したり……そういうことが起こるんだなと。咲き続けている花もあれば、枯れる花もある。これまではその枯れそうな花を、自分のアイデンティティだから!と無理に延命させようと頑張ったり、逆に枯らしたいのになかなか図太く生き残る花が咲いてて、躍起になって取り除こうとしたり………
ですが、枯れそうな花はそのまま枯らしてみるのもありだなと思うようになりました。そこから新しい花が出てくることもありましたし。図太く咲いてる花も、一旦受け入れてみたりね。そうすることで、いろいろ悩んでたことが消えていき、余分なエネルギーも使わないようになりました。こんな簡単なことに10年近く気づかないなんて……とも思うんですが、自分を正しく認めるって、簡単じゃないですからね………ようやく、と言った感じです。
今はかなり気持ちが楽になりました!
次の新しい課題は生まれましたが、それらは焦らずゆっくり解決していこうと思います。
3️⃣同担拒否になった
なりました。あんなになりたくないと思ってた存在に、自らなることを決めました!
私は某キャラクターの夢女子なんですが、これまで同界隈の人と積極的に交流こそしないものの、同担拒否というスタイルはとっていませんでした。というのも、同拒の印象がそもそもあまり良くなく、今までずっと「同拒みたいな怖い人になりたくない……」という気持ちが非情に強かったのです。というかそれは今も変わりません。
なので、なるべくいいオタクであろうと気を張って努めていたのですが、旦那から連日「どうしてそんないい人であろうとするの?」「同担拒否になっちゃえば?」という悪魔のささやきをしつこく受け、少しずつ考えが変わっていったんですね。
以下旦那のささやき
- 好きなヒトを独り占めしたいという気持ちは、恋する人間にとっていたって普通の感情
- オタクなんて何したってキモいんだから、必要以上にいい人であろうとするな
- 誰かを攻撃しなければ、同拒になったっていい
- 自分の気持ちに正直になれ
………言われてみれば、そう。ほんとにそうなんですよね。むしろ私が今までやってたのって「〇〇くんのこと好きだけど、みんな好きだから私は一歩引いたところで見てよう……」です。なんじゃそら!
よくよく考えてみました。私も人間なので、どんなに気をつけていても、多分人並みに嫉妬もするし、汚い感情だって湧いてしまう。今まで周りに同担がいなかったから精神を健康に保つことができてたけど、もし仮に近くに私と同じ立場の夢女子がいたら、大なり小なり嫉妬してたと思うし、モヤッとした感情に飲まれていたと思います。そうなると人間、良くない行動にも出てしまう恐れがある。
そうなってからは遅いよね。なので同担拒否になりました。
もちろん誰かを威嚇したり牽制するためではないです。「私が〇〇くんを好きなんだから、あなたは好きにならないで!」は暴論だなぁと感じる。なので、そういった行動に出るわけではない。
今まで通りのスタンスで、ただ自分が意地悪な怪物にならないために、(言わないけど、自衛のために)同担拒否の姿勢になるというイメージです。完全に殻にこもるイメージ。
これを選べた私は偉い。
必要以上に上品に、いいオタクであろうと気を張る自分とサヨナラしたわけですから。自分の身勝手な欲望に正直になろうと決めたわけですからね。人としてめっちゃ成長を感じる!
「必要以上にいい人であろうとするな」「自分の気持ちに正直になれ」というのは、今後の人生のテーマにすらなりそう。
というか、同拒になることを勧めてくれた旦那に感謝ですね。これからのオタクライフが楽しくなりそうで、ウキウキしています。
4️⃣ギザ十を手に入れた
めっちゃしょぼいですが、これも印象深かった出来事です。ふちがギザギザの10円玉をついに手に入れました。
子供の頃から欲しくてずっと探していたものです。10円を支払う際・受け取った際に必ず側面を確認することを、一度も怠ったことはありません。それでもうん十年と出会うことのなかったギザ十がついに手元に回ってきました!めっちゃ感動しました。
今はケースに入れて大切に保管中です。
改善できそうなところ
1️⃣だらだら仕事をしすぎた
良くないですね。働き過ぎもよくないですが………ちょっと反省してるくらいにはゆっくり働きすぎました。
今の会社に勤めて3年が経過しましたが、素晴らしいことにワークライフバランスが神すぎてそもそも無理に仕事を振られません。
例えば仕事は、長期スプリントに対して、これとこれとこれをやってくださいって感じで複数の仕事をもらいます。ひとつひとつのタスクに厳しく締め切りがあるわけじゃないのでそれを決められた期間内に終わらせたらいいんですが、私は昔から、タスクを終わらせるのが他の人よりかなり早いです。器用に効率よく仕事をこなせるというか……そういう自覚は昔からあります。
なので、いつも複数タスクをすぐに終わらせてしまうのですが、そのあと新しいタスクもらおうにも「もう終わったの?!ちょっと待って仕事探してくる」と言われ、期間によっては本当にやることがなくて、ゆ〜っくりサブタスクを消化したり………みたいなことが多々ありました。
前の会社だと、1タスクごとに締め切りが細かく決まっており、超短期スパンで色々な仕事を掛け持ちこなす必要がありました。終わったらまた次のタスクが来て………みたいなのが当たり前。もともとストイックな性格なのも相まって、自ら根詰めて仕事しまくってたわけですが、そんな環境でもきちんと仕事がこなせてた自分からすると今の環境はめっちゃ楽勝なわけです。
さらに今年は、私以外の人も仕事が本当になくて(プロジェクト自体はかなり好調なのですが……)、無理に仕事をもらおうとすると、やんなくてもいいような意味不明な雑用を振られることもあったので、それを回避すべく、持ちタスクをかなりゆっくり目に消化する事が多かったです。
これって、ゆっくり働けていいことのようにも思えるのですが、結局困難がなくて頑張るタイミングが皆無という、なんとももったいない状況なんですよね。
今の、"ゆったりだけどしっかり"な労働の価値観に触れられたことは、何事も頑張りすぎる自分にとってはすごく良いことではあるのですが
- だらだらゆっくり仕事こなしても、早いと言われる
- 自分にとっては低コストの仕事でめっちゃ感謝される、自分と周りの温度差
みたいな部分で、多分モチベーションがいまいち上がらない原因になってる気がします。
会社自体はめちゃくちゃちゃんとしたところなんですが………なんかこう………このままでいいのか?という気にはなってきているので、自分で働き方を少し工夫したり、もっと気を引き締め直さないと、いざ本当に頑張らないといけないタイミングで力が入らないなんてことが起こりそうだなと。危険だ。
来年はチャキチャキがんばるぞ………!
2️⃣積みゲーがけっこうある
スプラトゥ一ンやりすぎ。
マリオワンダ一とアスト口ボットやれ(来年の自分へ)
以上!
これらが、印象に残ったこと・改善できそうなところでした。改善点は、来年直しましょう!
ほかに頑張ったこと
こちらはここに書けないのですが………
今年、年間通して頑張っていたことが他に2つもあります!ただ、1つは残念ながら記事を書くことができません…………!一番しんどかったので本当は書きたいのですが。まだ取組中なので、これは来年も頑張りたいと思います。
もう1つ頑張っていたことは、来年1発目の記事で触れようと思っています!(もしかしたら書かない可能性もあるけど)
書き上がったらこちらの記事にもリンクを貼ろうと思います!お楽しみに〜(?)
来年の目標
全然決めてなかった……………
というか、あるにはあるんですが、集中して取り組みたいので今はここには書きません。なので、その他の目標について書いてみます(※改善点と関係ない部分を取り上げます)
1️⃣語学:スピーキングもうちょっと強化したい
最初の方にも書きましたが、スケジュールが激化して、今年の途中からスピーキングはあまりできてないのです。個人練習は毎日やってるのですが、対話ってなると全然違うんでね…………実際の対話の量をまた増やしていきたいということです。
年度末で多分プライベートのあれこれは落ち着くので、来年からまた誰かと話すことを再開したいな〜という感じでいます。
2️⃣絵をまたぼちぼち描き始めたい
以前のように、月何枚ノルマ!とかそういう感じにはしたくないのですが………
自分で選んだこととは言え、描かない期間も長くなってきました。さすがに描きたいし、描かなきゃいけない気がする。
2023年の振り返りにも書いた通り、今までやってきた絵を描くという行為をやめることで、去年〜今年はかなりたくさんの学びがありました。絵を続けてたら、こんなに充実した2024年は送れてなかったと断言できるほどです。
でも、絵を描く仕事をしている以上、やはりペンを完全に置くのはよくないなと(今年もちょいちょい描いてはいたんですけどね)。今年は自分の気持ちの部分にも変化がみられ、絵の悩みもいくつかは消滅したので、今の大きな予定が片付いたらまた少しずつ絵を描いていこうと思います!
とはいえ、最近SNSの学習AI問題があるので公開場所はちょっとまた悩みそうですね。公開先はまた考えておきます!
3️⃣自分に正直に生きる
アイデンティティクライシス・同担拒否の話を経て、ですが、自分の欲望に正直に生きたいなと思うようになりました。
私は真面目に人様に迷惑をかけないように生きようみたいなマインドセットがあったり、「感情や本能に従うなんてみっともない……」みたいな、上品ぶった考えがあるのですが、それって果たしていいことなんだろうか?と考えるようになりました。むしろこれまで抑圧しすぎていたのでは?と。
もっと自分のやりたいことに、遠慮せず食いついていいし、ちょっと下品でも、汚くなってもいいじゃないかということで、来年からは少しパワフルに生きてみようと思います。もともとパワフルに生きている自覚はあったのですが………私は時々、「ここは個人利益より集団利益を優先したほうがいいな〜」と思ったところはそう立ち回りがちだったので、もっと個人利益を追求したいと考えています。もちろん、ワガママにも限度はありますし、自己中に振る舞って誰かを傷つけるのはNGですが………自分のことだけじゃなくて他人にも気配りできるようになった今なら、いいバランスで実現できるんじゃないかな?と思います。
まとめ
以上です!
サックリ振り返るつもりが、結局長くなってしまいました。とても印象深い1年だったので……
これまでたくさん悩んでたことがうまく昇華されて、次の10年のための道しるべを描くことができた素晴らしい1年でした。うーん、人生また楽しくなってきたぞ!これからも新しく悩むことや困難は出てくると思いますが、ひとまずはこの新しく脱皮した自分を信じて前に進んでみようと思います。
それでは良いお年を。
来年もまたよろしくお願いします〜
二次創作と自分の話
今日は二次創作についての話。
フォロイさんに質問されたので、いい機会だし、自分と二次創作についてのあれこれを書き出してみます。というかまとめてたら結構な時間経っちゃった。すみません。
そもそもなんでこんな話になったかというと、SNSでとある話題に触れてる際に、「私の絵は熱意がないよなぁ。他の人の創作の熱意って何が原動力で、どこから来るの?」と、前々から自分の中にある悩みみたいなものを引っ張り出してきてぼやいたのがきっかけです。
私は、自分自身の創作に熱意がないとずっと感じています。あんまり感情的じゃないと言いますか……オタク心を作品に反映させず、サッパリと描いてるなぁというか、周りを見たら推しに狂ってそのエネルギーを創作に当ててる人がいっぱいいるのになぁ……と、なんか自分と違うなということがなんか気になっています。
しかし、丁度2年くらい前、狂ったようにとある版権キャラクターを描きまくってたことがあり、フォロイさんから「そのときはどんな気持ちで描いてたの?」と質問されたので、まとめてみましょうという試みで文字を打っています。
この話、オチがなさそうなのと、過程を語るのにいろいろな話を引っ張ってきてグチャグチャになりそうなので、最終的に「私に創作の熱意はあるのかないのか」に着地させようと思います。良さげなところだけピックアップしてください。
ついでですが、夏頃から久方ぶりのアイデンティティクライシスを起こしていて、自己分析めっちゃやってる最中なので、そこで気づいたことなんかも混ぜながら書いてみます。とはいえこの記事書くの温めてる最中に、そのクライシスも終焉を迎えそうな感じにはなってきています。良かった。
はじめに
このブログ読んでる人いないと思うけど、一応簡単な私の情報を置いておきます。参考資料程度に。
[前情報]
- 会社員として絵の仕事をしている
- 絵は独学だったので会社に入ってからすごく努力した(昔は感覚で描いてたけど、入手後はそうじゃない)
- 長年、絵は描くけど「自分の創作物には個性・熱意・表現したいものがないよな」ということで悩んでいる。
以上が私の情報です。
もうひとつ書いておきたいのは、以下の文章でたくさん使用する🎟️という絵文字についてです。
[🎟️とは]
とある版権キャラクターの伏せ字です!あんまたくさんの人に見つかりたくないので、オタクっぽく実際の作品名・キャラ名は絵文字で伏せておきます!
🐴は大人気コンテンツの🐴👧です。🎟️はそれに登場するキャラクターの名前とだけ書いておきます。とってもいい子です。
では早速ですが、その当時の話を書いていこうと思います。
🎟をめっちゃ書いてた時の話
先ほど書いたように、2年前突然狂ったように🎟️のファンアートを描いていました。しかしいまは描いていません。
そもそもなんで2年前🎟️めっちゃ描いてたかというと、それはシンプルに大好きなキャラだから。超好きだからですね。私はあんまり、好きなキャラ=描きたいキャラというタイプではないのですが(ひとつに固執せず色々描きたい)、たまたまそれが被るキャラだったということですね。
あとは、当時ゲームアプリ内に新衣装が実装されて、あまりの可愛さに脳が破壊されて、その衝撃で‥……というところですかね。いつもは脳破壊されても創作するところまでいかないのですが、あのときは手にペン握って描いてましたね………自制効かず。
🎟️描いてたときの感情
- 本当にめっちゃ楽しかった
- 何も考えずに描きたいものを書くという感覚を久々に味わった
- 欲望のまま描いてたやつもある
ここに個人が特定されそうな情報を貼りたくないので載せませんが、きっかけになったあの新衣装のイラスト🛩️は、描き始めてすぐ欲望ダムが決壊したのを感じました。描いている最中からものすごく楽しかったのをはっきり覚えています。ちょっと恥ずかしいですが、今でも大切な作品です。
自分にとっては10年近くにそんな感覚を味わってなかったので、「私が求めていた感覚はコレ!!!」と思い、忘れたくなくてそれからもずっと描き続けていたというわけです。
🎟️を描かなくなった理由
見出しの通り、半年経ったあたりからだんだん描かなくなってしまいました。今は完全に描いていません。
理由は大きく分けて3つあります。
1️⃣自分自身のオタク的方針・性格(?)によるもの
2️⃣自分が自身にかけている呪(制約)によるもの
3️⃣生活環境が変わった(多忙・優先度の変化)
3は解説しません。誰にでも起こり得るそのままの理由です。残ったうちから、あんま話広がらなさそうな(1)から書きます。
1️⃣性格によるもの
- フォロワーがめっちゃ増えだしたことへの嫌悪
- 界隈に足を引っ張られることへの強烈な嫌悪(ジャンル問わず"界隈"の空気があんまり好きじゃない)
- そもそも気遣える親切な性格じゃないのに、周りに人が増えすぎてすごく気を遣わなければいけなくなったこと
同じ作品の同じキャラの絵を描き続けていたらいつかは見つかって当然なのかもしれませんが、最初に描いた🎟️の絵がバズってしまい、あれよあれよという間にフォロワーが増えました。
もともと日陰で活動したかった私のところに、色んな人たちが一気に流入してきたことで、方針のズレみたいなのがだんだん大きくなっていったんですよね。(その時知り合って、絵を描かなくなった今もお付き合いある方はいるので、良いフォロワーさんたちに巡り会えたという点では良かったのですが)
[具体的にどういうのが嫌だったか]
🐴垢じゃないと何度公言しても増え続けるフォロワー。雑多日常垢としてやってるアカウントなのに、増えたフォロワーからの期待や反応により、🐴垢という枠に無理矢理当てはめられてるかのような居心地の悪さ・🐴の人と認識されてる気持ち悪さを感じるようになってきました。
また、全ての絵は自分のために描いているのに「いつも素敵な絵を描いてくれてありがとうございます!!」というコメント。
「かわいいです!」とかなら単なる感想なのでいいんですが、「いつも感謝です!😭」などと言われると、描く→感謝されるの構図ができてしまい、どうしても’’人’’を感じてしまうのよね……。「あなたのために描いてないんですけど……」みたいなね。みんなに悪気がないのは本当によくわかってるんですけどね。
さらに、ジャンルに限らず界隈の空気がすごく苦手なんですが、界隈の一員として見られている感覚がありそれも苦手でした。自分本位に振る舞うのも好きじゃないので、ある程度我慢してニコニコして交流したけど、ふつうに無理でしたという話。
こういう界隈のノリが苦手になったの、小学生の時にどこの絵板でも神絵師扱いをされてトラウマになったのが原因で、当時きっぱり「もう交流はしない!」と決めたのに、フォロワーの増加がいきなりすぎてうまく対応できなかった……反省。当時と今じゃ環境も空気感も規模感も全く異なるしね………しょうがない。
そんなこんなで辟易した私は、今は閉鎖空間のサブ垢でひっそり生活してます。めちゃくちゃ楽しい〜〜!
………まぁ要するに、私はただの気難し人間ということですね。
結局のところ、ご機嫌斜めになって描かなくなっちゃった。俺はもう絵描かない!帰れ!困れ!!!となってしまった感じです(最悪)
昨今のインターネット界隈、「絵描きは褒められると嬉しいからどんどん褒めて!」みたいなのよくあるけど、あくまで一般論であって、全員がそうだと思うなよというのは声を大にして言いたい。というかそのフォロワーが増えちゃったアカウントでは、痺れ切らしてから言いまくってた気がする(最悪②)
※補足
めっちゃ愚痴っぽくなっちゃったけど、完全に私の自衛の甘さによるミスです。みんないい人ばかりなのに〜私が気難しいばかりに……ごめんなさい。
2️⃣自分自身にかけている呪・制約によるもの
🎟️を描かなくなったもうひとつの理由。着地させたい結論に結びつきそうな理由としては、これが大きいと感じています。あとこれは🎟️に限りません。二次創作全般に言えることです。
- 二次創作に時間をかけすぎてるという嫌悪
- 好きなものを好きに描いてるという嫌悪
- 同じジャンルしか描かないという嫌悪
- オタク・ファンであることへの嫌悪
- 職業的(立場的)なもの
なんという嫌悪市(マーケット)!!
それまでは、二次創作描いたら創作描いて……でバランスを取ってたのですが、半年以上二次創作をやりすぎた結果、普段からある嫌悪がさらに煮詰まって爆発してしまったという感じです。
[この嫌悪はどこから来るのか]
ここで一番初めに書いた前提の話になってくるんですが……
おさらいすると、私はもともと独学で絵を描いていて、その状態からプロの世界に就職します。その就職が、ひとつの点になってるような気はするんですね。
大昔の話にさかのぼると、私はもともと二次創作をめっちゃしていたのですが、就活を意識し始めたタイミングで描くのを制限し始めました。
就活する1〜2年前から、二次創作についていろいろ考えることが増えて、だんだん枚数が減っていったような感じです。自分のポートフォリオ、二次創作ばっかだなと思って。なんか気になっちゃったんですよね。
だんだん創作の枚数を増やし、ポートフォリオも充実したところで結構ちゃんとした会社に入り、コンセプトアートというがっつりしっかり絵を描く仕事に就きました。
そこで自分の不出来さを思い知ったーーー……というけではないんですが、もともと完璧主義傾向のある私は、周りが美大卒芸大卒が当たり前の中、埋もれないように過剰に努力をはじめました。
それまで本格的に絵を勉強したことがないのに、技術を高めるためにすごく頑張るようになったのです。そうやって努力の結果、いろいろなものが描けるようになり、仕事でもたくさん成果をあげられるようになったのですが……
多分この努力が原因で、いろいろなものに嫌悪が生まれるようになってしまったように思います。
要するに、過去の自分を認めてないんじゃないかなと考えています。
これはつい最近分かったことですが、たぶん私は過去の自分が嫌いです。感覚で、何も考えずに好きなものを絵を描いてて、描けないものがたくさんあった、不器用だった頃の私がすごく嫌い。
たくさん努力をして、いろいろな苦手を克服してしまったから、過去の自分を「不出来な存在」と捉えてしまっている。
- 二次創作ばかり描いていた過去→二次創作そのものへの嫌悪
- 好きなものを好きに描いていた過去→感情任せに描くことへの嫌悪
- 同じジャンルしか描かない→描けるもの・好きなものしか描けないという自分の弱みに対する嫌悪
成功した今の自分が過去の自分を否定してることが、好きに好きなものを描けない原因を作ってるなぁと、最近気づいたというわけです(なにをもって成功とするかは人によりますが、やりたいことやって不自由ない生活をしてもちょっとお釣りが出るような感じなので、ある種成功しているかなと)
まぁ過去の自分、別に失敗してるわけじゃないんですけどね。むしろ分かりやすく実績だけで言えば、昔のほうがすごかったと思います。しかし、完璧を目指してしまったがゆえ、こうなってしまいました。精神満足度で言うと過去の自分のほうが成功してたかもね。
過去の自分は、不器用で、描けないものも多くて、短所もたくさんあって………でものびのびとエネルギッシュな絵が描けていた(ただ仕事として絵を描くのは難しかったと思う)
今の私は、なんでも卒なく出来て、ゆえに仕事も安定してて、生活も潤ってて………だけど、作品に感情・熱意がない。
うーん、どっちが幸せなんでしょうね〜。
そして、私が表現したいものはない。熱意はない。
と、長年悩んでいた本記事の議題についてですが………ほんとはあるんだと思います。なのに、自分自身で制約をかけて抑え込んで、熱意の存在を認めないようにしてるから、熱くなれないんだと思います。ほんとはあるのに、もったいないね。
まぁでも「私はとにかくカワイイものがチュキ!ピンクの世界!ふわふわのお星さま!それを描きまくります🦄✨️」だったり、とてつもない世界観を持った芸術家のように「自分はいつも、人間の中に眠る本能的な恐怖と向き合い、それを作品に落とし込むことを生業としていますーー🧘」みたいなことはやっぱり言えないので………そういった熱意というか、ハッキリした表現の核は見つけられてないね。
そもそも、そんな表現の核なんて、いらないのかもしれないけどね。
職業的(立場的)な理由
最後に挙げていた理由についても触れておきます。
割合的には少ないんですけど、公式の人間の中には、私なんかよりもずっと・最初から二次創作嫌いの人っているんですよね(健全なもの含め)
企業方針と別に、個人感情で無茶苦茶嫌ってる人ってたまにいて、そういう人が過去に近くにいたこともあり、私もちょっと描きづらくなっちゃってるのは実際あります。「これをやると迷惑に感じる人もいるんだよな〜…」って、なんかチラつくんですよね。すごくもったいないのだけど。
あと、人のせいにしたいわけじゃないんですが、昔お世話になった方(同じ業界)がオタク・ファン嫌いで、多分そこが私のオタク嫌悪に繋がっています(ファン嫌悪はもともとあった)
おまけ:嫌悪が出やすい対象
実はそういう対象があって…………ですね。
美少女キャラは嫌悪が出やすい傾向がある事が分かっています。イケメンコンテンツ未履修ではありますが、イケメンコンテンツも多分含まれます。要するに、日本含む東アジアで流行ってるような美形のヒト型キャラが出てくるコンテンツは軒並み嫌悪が出やすいです(作品を否定するわけではありません。あくまで描くことへの嫌悪)。めっちゃ好きなんですけどね美少女コンテンツ。前半話題に出してた🎟️もそうだし。
でも美少女キャラの二次創作してて時々思うのは「こんなの描いてる場合じゃないんだよな」という焦りです。
ちょっと大雑把な言い方になるのと、この記事の本題から外れるので手短にしますが、美少女キャラは流行る型・テンプレートみたいなものが存在していて、基本体格も顔つきもあんまり差が大きくありません。東アジアの美少女(イケメン)キャラのデザイン傾向として、体格やシルエットがほぼ同じで(巨乳貧乳とかそういうのはあるかもですが)、細かいディテールでそれぞれのキャラの差別化をしていくようなところがあります。例えば、目つきや髪型、服の装飾などですね。とにかく細かいところでボリュームを出しがちです。
一方で、私が仕事で扱っているキャラクターは、いずれもそうではありません。いわゆる人外キャラと呼ばれるようなマスコットっぽいキャラを扱うことが多く、シルエットはキャラごとに大きく異なり、ヒト型がいてもユニークな形状をしています。キャラクターの作り方やデザインの方向性が異なるんですよね。美少女作品と、人外マスコット作品では。
なので、「美少女キャラを描くことは、自分自身の何のキャリアアップにもならない」「仕事に還元できないような絵に何時間も時間をかけて………」と思ってしまうんですね。成長・成功のために良くないものだ、とどこかで捉えているんでしょう。(私が仕事で美少女キャラのイラストを描く仕事をしていたらこうはなってなかったと思うと興味深い…………)
しかし、もともと幼少期から人外作品のほうが好きで、美少女コンテンツに触れたのは意外と遅くからなので、自分の中で優先度・優遇度が異なるのかもしれません。
そういった部分も、🎟️を描きつづけた結果嫌悪が生まれてしまった原因のひとつなんじゃないかな〜と考えています(キャラクター自体は一切嫌いになっていません!ご安心を!)
結論
私は創作の熱意を知っています。
しかし、過去の自分への不寛容さや、立場的な問題、自分自身の理想のために、熱意にフタをしている状態ということです。
🎟️を描いた際は、数年ぶりにその熱意が復活したのですが、やはり自らに課している制約の力は強く……半年ほどでまたその熱意を塞ぎ込んでしまいました。
しがみついてるものから手を離したり、過去の自分を許すことで、これは緩和されると思います。過去の自分については最近少しずつ認めることに成功しています。しがみついてるものは………もしかしたらもう少し時間がかかるかもしれません。
もともとある精神的な部分(ファン嫌悪など)はどうしようもないので、工夫しながら回避していくしか無さそうです。
それでも二次創作は楽しいと思う
楽しいと思います。
昔は純粋に楽しめてましたからね。でも就職を意識して描かなくなり、成長のために描かなくなり、自分の理想を追い求めることで嫌悪が大きくなって、周りにも影響されて、嫌悪さえ抱くようになって、描くことを控えるようになってしまいました。
二次創作をあんまりやらなくなったメリットは本当にたくさんあります。正直、二次創作ばかりやり続けてた自分も想像したくありません。まともに仕事できてないと思いますし、今の生活も手に入れてないと思います(幸い私は仕事が好きなので、これはプラスに捉えています)。
しかし、やっぱり二次創作をやるたびに思うのが、これでしか発火しない熱意みたいなのはやっぱりあるなぁということ。描いてる最中は楽しいんですよね。描き終わるととてつもない嫌悪になるんですが(なんか拒食症みたいだなといつも思います。)
これからどうするか・解決策など
どうしましょう!
まぁ「二次創作、すれば?!」で解決ですよね。嫌悪が出ないように創作も適度に混ぜながら。
この件で一番もったいないのが、こうやってウジウジしてる間何も描かないということ。それがもったいないので、描けばいいだけなんです。
フォロワー増えてからへそ曲げてしまって、そっかりほっとんど描かなくなったので…………そろそろまた定期的に絵を描くということをやらないとなとは考えています。
[この熱意を創作に充てたいけど上手くいってない]
これも結構ずっと悩んでますね。二次創作が無理なら創作に熱意を当てりゃ解決じゃんという話なんですが……そういうわけにもいかないというか。さっきも書いたけど、二次創作でしか発火しない成分って絶対あるので、それをそのまま創作には利用できないような気がします。
また、物心ついた頃から絵が得意ではあったんですが、そのころから器用に絵を描くタイプの人間だっただけで、「私の世界観を表現するぞ!」というタイプではありませんでした。
求められてるものに当てるのがうまかったり、要領よく描くことができたり、スキルの獲得が早かったり…………なので、仕事として絵を描くのは本当に得意なんですが、自分のために描くとなると「私って一体何を表現したいんだ?」と思ってしまうわけです。
「私って本当に絵が好きなのか……?」
そう考えたことすらあります。
絵が好きで好きで、描くのは息するのと同じ!みたいな人が周りにたくさんいる一方で、私はそうじゃないからです。私にとって絵はあくまで、好きなことやできることの一部でしかない。表現するためのツールでしかない。だったら絵を描かなくてもいいよな、とか。根本的なところまで遡り過ぎか。
まぁこんなこと深く考えてもしょうがないんですけどね〜。
最後に
こんなまとまりのない記事を最後まで読んでくださった方がいたらありがとうございます。
最後にですが、この記事を温めているうちに、アイデンティティクライシスがほぼ終焉になり、文中の悩みはほとんど解決したり、解決はしなくともそれほど気にならなくなりました。
そもそも表現の核なんて別にいらないのでは?(というか本当は気づいてないだけで、表現したいものはあるのかも?)
オタクでありファンである自分を認めちゃえばいいのでは?
そういう考えになってきています。
また、2ヶ月くらい前から、🎟️を超える感情大爆発が起こっていて、あまりの幸飽和状態に「素直にオタクで居ることも悪くないな………」と、そういう気持ちになってきています。
それと、過去の自分を認めるような動きも出てきて、以前までは「もう戻りたくない対象」であったのに対し、今は「戻りたい」「完全に戻り切るのではなく、今の自分に少し融合させたい」と思えるようになりました。
なので、正直言うともうそんなに悩んでいません。まだ追い求めている理想はやっぱりあって、それの決着がつくまでは二次創作を控える可能性はありますが………とはいえ最近少し描いたものもいくつかあり。嫌悪もかなり減ってきています。
うまくいけば、いつかまた、何も気にせずに二次創作をバンバン描けるようになる日が来そうな気がしています。
それと…………仕事が原因でこんなクソデカ悩みを生み出してしまったのは真実なので、「やっぱり趣味を仕事にするのはよくないんだ〜」とか、「可哀想だな〜」とか、思われそうなんですが…………そう思うのは自由ですが、あまりそう受け止めすぎないでほしいというのは願いとしてあります!
私は仕事として絵を描くことがとても好きですし、これに関しては他の人より優れてるなと思うこともあります。そもそも子供の頃からなりたくてなった職業ですし、後悔はしていません。むしろ誇りに思っています。というか仕事で、制約の中で絵を描くおもしろさって実際あるんですよね。。。これは自由に描いてて得られる喜びとは大きく異なります。
多くの悩みの原因が就職ではありましたが、一部は幼少期からの自分の性格や方針にまつわるもなので、どのみちこういう未来になってたかなと感じています。
あと、同僚見ててもほっとんどの人がこんな悩み抱えてないです。なんにも気にせず二次創作ばかり描いている人もいっぱいいます。
結局のところ、悩むかどうかは個人によるということです。
色々書いたけど絵を描く仕事は楽しいよ!興味がある人はぜひ来てくれ!という業界ではあります。
あとがき
以上…………かな!
毎度のことながら、長い文章書くの慣れてなくてすごく読みづらい文章になったかもです。
ここ数ヶ月、いやもしかしたら数年かも……の進行形悩みや、解決した話を一箇所にまとめて書くのははじめてだったので、良い機会にはなりました。
二次創作を心の底から楽しめるようになる日を、いつか掴み取ります!
あでぃおす〜
2023年の振り返り #2/2(過程編)
あけましておめでとうございます(2回目)
1つ前に書いた記事[2023年の振り返り]があまりにも長くなりそうだったので、多少なり軽減したいという思いから、去年月末に記載していた記録をこちらの記事に逃がします。
去年やったことの詳しい内容は前回の記事にまとまっていて、この記事は本当にただの記録(過程の部分)になります。
また、毎月末の感想は、2023年、目標を持たずにスタートして、その過程でどういう行動をとったか・どういう精神状態になったかなどを記していくのが目的でした。
それらの感想を簡単に要約しつつ記していこうと思います。
※淡々と書いていくので見辛いとは思います。
1月
[ 絵 ]楽しんでたくさんかけた
[運 動]それなり
[英 語]2022年の英語の目標から解放されて完全に休む
[感 情]ふつう〜やや焦燥感
[その他]ーー
絵を楽しんでたくさん描けた。それ以外は基本的になにもしなかった。
楽しかったけど20%くらい謎の焦燥感。
なにもしないストレスがあった。
2月
[ 絵 ]楽しくかけた
[運 動]あまりせず
[英 語]ちょっと興味の方向が変わる
[感 情]ゲーム再熱により精神的に満たされる
[その他]ゲーム爆再熱
絵、たくさん描いたわけじゃないけど頑張れた(原文ママ。量を気にしていたり、頑張るなどのワードがおもしろい。)
後半から積みゲー消化開始。以前好きだったコンテンツだったこともあり、精神が満たされる。
英語でちょっと動きあり。
3月
[ 絵 ]絵の悩み発症 いつもと違う絵を描き始める
[運 動]あんまやってない
[英 語]先月同様(勉強自体はさほどやっていない)
[感 情]なにもしていないことに強い不安を感じ始める
[その他]積みゲー2本消化
目標がなく、なにもしてないことへの強い不安に襲われる。
絵やSNSに関しても、この辺から悩みがじりじりでかくなる。細々運営したかったSNSが、フォロワーと交流が増えてとても苦痛になり、リプ欄を少しずつ閉じ始める(2022年からじりじり悩んではいた) 積みゲー2本目消化着手。ゲームで現実逃避を行う。
4月
[ 絵 ]仕事に還元できるようなスキルを獲得できていないため焦燥感に襲われる・SNSに絵をあげることに迷いが出始める
[運 動]真面目にやった
[英 語]先月同様
[感 情]苦しみ
[その他]ゲームに身を寄せて精神を回復する
絵の悩み各種がでかめに押し寄せる。
スピードスケッチをするなどして精神を落ち着かせた。
また、Twitterにあげる絵、これまで通り4枚描きたいけど、そこに時間割き過ぎたくない気持ちが、限界付近まで来る。
ただ、4枚描かなきゃいけないルールは今年はないので、思い切って絵を描く量を減らす。
ストレスがギリギリまできてたのでほとんどコメント欄を閉じる。描きたい絵を描けない状況になってしまい苦しみの期に入る。
5月
[ 絵 ]人生で初めて’’絵を描きたくなくなる
[運 動]真面目にやった
[英 語]少し興味が戻ってくる。勉強を少しずつ再開。
[感 情]引き続き苦しみ ごまかしつつ頑張る
[その他]SNS完全にコメント欄閉じたので精神状態が落ち着く
絵の悩み諸々が肥大化し、どうしたらいいか分からなくなる。人生ではじめて”絵を描きたくない”という気持ちになる。
この頃の精神安定剤は再熱中のゲームのみであった。感謝。
SNSのリプ欄を閉じて心落ち着くも、交流したい人と交流できないストレスはややあった。なにごとも難しい。
6月
[ 絵 ]1枚も描かなかった 謎の満足感
[運 動]ふつう
[英 語]新しい動きあり
[感 情]ゆっくり休めてリフレッシュ
[その他]SNSにて2回ブチギレ事件(個人的)
ついに1枚も絵を描かなかった。’’やってはいけないことをやった’’謎の満足感みたいなのが出る。
SNSで「もう来月以降(下半期)絶対絵描かねーーーー」と強く思う出来事が2回起こる(そして本当にほとんど描かなくなる)
7月
[ 絵 ]結局2枚くらい簡単に描いた
[運 動]全くやらなかった
[英 語]勉強を真面目に再開し始める
[感 情]充実してた
[その他]DTM再開してのめり込む・SNS鍵運用開始
色々大きく動きの合った月。
英語の勉強をちゃんと再開しだしたり、SNSを鍵垢リプ閉にしたり、DTM再開して機嫌よくしていた。
ゲームもこの月はほとんどやらなかった。
けど、机に向かう時間がめちゃくちゃ増えて、運動をやらなかった(太った)
8月
[ 絵 ]絵が本当に分からなくなり、苦しみが限界突破を繰り返す
[運 動]先月反省してめちゃ真面目にやった
[英 語]先月に引き続き勉強
[感 情]苦しみの限界突破✕∞
[その他]DTMだけが心の拠り所に
絵が本当にわからなくなり、精神的に苦痛で倒れ込む。8月は本当にこれだけ。ただただ頭が割れるほどに苦しんだ月だった。
英語とDTMでなんとか気を紛らわせていた。
9月
[ 絵 ]二次創作に対しての気持ち悪さが限界突破する
[運 動]ふつう
[英 語]先月同様
[感 情]苦しみの洗濯機にもみくちゃにされる
[その他]映画をたくさん観た
絵を全然描かなかった。というか、二次創作に対して嫌悪感が限界まできてしまった(これはたまに起こる症状なのでご心配なく)。
けど、同業の友達に相談して少し落ち着いたので、ここがピークで済んだ。そしてこれ以降、ほぼ描きませんでした(描く気もあんまり起こらなかった)
DTMの波は落ち着きました。代わりに、映画をかなり観た。新しく某映画に爆ハマりして観続ける(これがしばらく心の拠り所になる)
ゲームもたくさんやった。
10月
[ 絵 ]描かず
[運 動]引き続き
[英 語]頑張った
[感 情]健康
[その他]部屋を片付けた
英語以外あまり印象にない月だった
11月
[ 絵 ]描かず
[運 動]結構やった 体重やや落ちてきた
[英 語]めちゃくちゃやった
[感 情]ふつう〜やや焦燥感
[その他]健康
英語をめちゃくちゃやった。
2〜6月、7月〜10月で、右肩上がりに勉強に取り組めてだけど、11月で爆発した。
家にいる時間、ほとんどなんかしらで英語をやっていたかもしれない。
月初めに太ったので、ダイエットの方法も変更。体重落ちてきました。
12月
[ 絵 ]友達とデッサン会やった
[運 動]引き続き 微妙〜に体重落ちてる
[英 語]めちゃくちゃやった
[感 情]健康
[その他]年末忙しすぎた(掃除など)
年末忙しすぎたこと以外は楽しく過ごせた月。
11月ほどではないけど、引き続き英語をたくさんやった。
別垢に引きこもり続けて毒素が抜けたか、やや絵を描きたいという気持ちが出たけど、忙しすぎて本当に無理だったのが残念。
ただ、友達とデッサン会をやったのはとても楽しかった。
まとめ
絵を描くのがめっちゃ嫌になった(初)
今年の目標とは一切関係なく、絵で精神を苦しめられることが起こり、それで苦しむことが多い月でした。
絵を描く量と精神健康度を簡単なグラフにしてみました。

ピンクの●が枚数/水色の▲が精神健康度(↑が健康で、↓が地獄)
ちなみに私は絵を描く仕事をしていますが、それで絵が嫌いになったことは一度もありません。ですが、SNSを通してめちゃくちゃ嫌になりました。
※これには複数の理由があって、それらが複雑に絡み合っているので、簡潔に理由を書くことが難しく本題からも逸れるので今回は割愛(また別の機会に書くかも)
それに伴い絵を描くことを減らし、辞めたのが今年1番大きな出来事でした。
けど、絵を辞めたことにより、絵を描くことに体力と時間がたくさん必要ということも分かりました。
これも、仕事で絵を描く事に慣れてしまうと、麻痺してしまうんですね。
だから、絵を描くのをやめた瞬間、めちゃくちゃ暇になって、体力も余るしそれでどうしようかな……というのにはなりました。
その時間を使い、新しく取り組みたいこと(去年もやってたけど英語など)、過去に好きだったもの(ゲームやDTM)、新しく出会ったもの(映画鑑賞)に没頭できたことが、今年楽しかったことです!
以上!
詳細なまとめは前回の記事に記載しているので、よければ読んでね(長いけど下の方にまとめがあります)
ではまた
2023年の振り返り #1/2(結果編)
みなさま、あけましておめでとうございます!
2024年になりました。なってすぐ、早速なのですが、去年の振り返り記事を書こうと思います!
年末あまりにも忙しくて、投稿叶わず……。
年は越してしまいましたが、どうしても振り返っておきたいので、覚えているうちに書いてしまいます。
※あくまで自分用で、見る人のことをあまり考えていないため見辛いと思います。そして超長文です。
また、長くなりすぎるのを懸念して、毎月どのように過ごしたかの記録は、別の記事に逃がしました。(切り離したとて充分長いですが……)
それらをもとに1年を振り返りつつ、自分の思うように2023年を過ごしてみての感想を書いていこうと思います。
今年の目標について
単刀直入に言うと、今年の目標はありませんでした。
これはここ10年くらい振り返ってみて、初だったかなと思います。
学生時代から、毎年なにかしらの達成したいことを決めたり、人生の節目の目標を作ってこなしてきた私にとっては、「目標を作らない」というのは大きな初の試みでした。
「目標のない人生ってどんなんだろう」
話は少し変わりますが、私には、3年くらい前からハマってることがあります。
それは、「自分がいつも選択するのと別の方を選んでみる」というものです。
3年前、私はめっっっちゃ嫌いな先輩の真似を、あえてしたことがあります。何もかもが大嫌いで気に食わない先輩を、どうやったら理解できるか考えて、とりあえず先輩の真似をしてみたのです。
自分の思想に反することも多くあり、最初は吐き気がするほど嫌ではあったのですか、自分がいつもやらないことをやると、自分がいつも経験できない結果が得られることに気が付きました(良くも悪くも)。
そして、それが生活のヒントになる場合もある。
そこから私は、AとBが選べる状況になったときに、自分が選びがちな方と逆を選択してみるということを3年間し続けています(人に迷惑をかけない範囲で)
それで1年前にふと思いついたのが「目標を作らない人生を歩んでみる」というもの。
今までずっと、何かしら目標を立ててこなしてきた人生と逆の人生を、お試しで1年過ごしてみようじゃないか!ということです(やっと本題に戻ってきた)
その選択をして、どういう結果が待っているのかを知りたかったし、その過程で自分の生活や精神状態、考え方にどういう影響が出るのか知りたかったですよね。
確実に超長くなるけど、この記事ではその結果について記載して行こうと思います!(ここまでで既にめっちゃ長くなっちゃったな…………ホホホ)
目標のない1年を過ごしてみた結果
結果として、めちゃくちゃ良かったです。
気付きもたくさんありました。新しいことにたくさん挑戦できました。
正直前半は、目標がないことがものすごいストレスで発狂しかけていた時期もありましたが、途中からいいことがたくさんありました。
その中でも印象的だったことに着目しつつ、触れていきます。
本記事の前半にも書きましたが、昨年、月ごとにどんなことがあったのかは、別の記事にまとめていますので、よかったらどうぞ。
こちらには、苦しみの内容も記載しています!
上記の記事内容と被る部分もありますが、各項目ごとにより詳しい結果を書いていきたいと思います。
2023年印象的だったこと
絵はとても体力と時間を使うものだということに気付いた
普通に考えたら当たり前。でも今まで全然気が付かなかった。
だって何年間も、ずーっとコンスタントに絵を描き続けていて、絵を描くのが生活の当たり前になっていたから。
私は美術系の仕事をしていて、平日はずっと絵を描くし、それまでは定時後も家で絵を描いていました。
毎年”絵に関する目標”があったから。
表現開拓だったり、量だったり、内容は様々だったけど、目標のため、生活の大部分で絵を描いていたので、いろいろ麻痺してたんだと思います。
上半期はなんだかんだで絵を描き続けていましたが、今年は絵に関して悩むことも多くあり、6月は1枚も絵を描きませんでした。
それからも少し描くことはありましたが、下半期はほとんど絵を描いていません。
一度絵から離れてみて思う。
絵を描かないと、こんなに時間と体力が余るんだ……………ということ。
「絵を描くと疲れる」という感覚はそれまで忘れていたけど、これは当然のことなんだということ。
これは一般的な感覚と自分の感覚のギャップを狭めることにも成功したと思うし、なにより自分の生活についていろいろ見直すいいきっかけになりました。
家族・生活にかける時間が増えた
家族と言っても夫との二人暮らしなので、大家族を日々ぶん回す世のパパママに比べたらそんなに苦労のない日々ではあったのですが、まぁ膨大な時間がかかる絵をやめたから、単純に家族時間は増えるよね。
別に仲も良好だし、これまでと変わらないと言えばそうだけど、例えばただただ一緒にだらっとYouTubeを観る時間だったり、部屋をこまめに片付けて快適な空間を保ったり、そういうのがちょっと増えた。一緒に出かけることもかなり増えたような気がする。
あと、自分の生活の部分で言えば家の掃除や片付けに時間もさけました。
逆に今まで、自分の目標ばかりでゴメンやったな……という気持ちにすごくなりました。
自分だけじゃなくて、周りにもいい影響が与えられたのなら、すごくいいことだなと思います。
何もかも忘れてゲームに没頭できた
これはとくに1〜5月/8月の話。
例年より多くコンシューマーゲームをプレイしました。
なんだかんだで絵を描いていた時期とは被るのですが、「まぁ別に絵描かなくていいしな……」という気持ちから、思い切ってゲームに時間を割く選択をすることが出来ました。
私は2年前に転職をして、その前後1年間、膨大な準備・新しい環境での仕事でバタバタしていて、ここ3年くらいほとんどゲームが出来ていなかったので、こんなに没頭できたのは久しぶりでした。
ゲームはもともと好きではあるのですが、仕事や目標に一生懸命で「遊んでないで絵描かないと……」という気持ちもここ数年強くありました。
でもそんな呪縛から解き放たれた私には、もうなにも心配することはありません。ただひたすらゲームをして楽しむだけ。
ちょうどNintendo Switchのゲームプレイ記録があるので貼っておきます(去年のがないから比較はできないけど)

ここ数年にしては本当にたくさんゲームできたなという感じで嬉しい。
積みゲーもいくつか消化できたのは良かったです!
まだまだ山積みですが、それもまた消化していきたいと思います。
映画をめちゃくちゃ観た
私は普段映画を全然観ません。
そもそも私は映像コンテンツ適性が低いのか、短時間の視聴でもすごく疲れるので、アニメやドラマも全然観ません。
そんな私が今年は映画を新規で12本観ました。
アマプラやNetflix、再視聴(周回)、アニメを合わせると多分もっと観てます。
多分これは前述した[絵を描かなかった]ことが起因していて、時間そして体力が余っていたから出来たことなんだろうなと思います。
新しい映画を観るのは面白い。そして、映画館で観るととても面白い!
知ってる人は当たり前に知っているこの喜びを、私も知ることができました。嬉しい!
今後もいろんな映画を観に行きたいと思います!
音楽できた
簡単なものではありますが、ひさしぶりに採譜をしました。3曲の採譜です。
音楽は昔やってたのですが、まぁ時間がかかる趣味なのと、思い出したくない過去もあり、ここ数年ご無沙汰でした。
私にとっては、絵よりだいぶ趣味よりの趣味なので、深いことを考えずに作業に没頭したのはいい思い出。絵はどうしてもいろいろ考えてしまうので。
夫にも、「絵を描いてるときより楽しそう」と言われ苦笑い。でも実際、絵より純粋に楽しむことはできていました。
一時期、ストレス発散のいい趣味として機能もしてくれていました。また時間があったら気楽に取り組みたいと思います!
英語学習に割ける時間が増えた
上半期から動きはあったものの、下半期はとくにこれが1番大きいかなと思います。
※本記事はあくまで今年の振り返りを目的としているので、英語学習の内容や方法には言及しません!
私は、2年前から英語を勉強しています。
理由は「仕事で英語が必要になったから」(必須ではないけど推奨)
学生時代を思い出しあれこれひとりで再度学び直しをしているのですが、とくに最初の1年はゴールも決めておらず、さらに体調を崩したりモチベーションの維持が難しかったりで、勉強してなかった期間も結構あります(だから圧縮すると本当にたいした時間ではないと思う)
ですが、今年に入ってから途端にまた英語を勉強する時間が増えました。
これは上記の絵・ゲーム・映画の流れを継承している部分もあるので、箇条書きでまとめてみると……
- 絵をやめたのでゲームする時間が増える(やっぱりこれがでかい)
- 某洋ゲーに再熱する(以前日本語でプレイしていたもの)
- 原語版の推しの言語に衝撃を受ける(興味深いものだった)
- 英語をはじめ”言語”ってオモシロ?!の期に入る
- 英語の勉強方法と環境を変更
- さらに(前述の通り)映画を観る時間が増えて洋画にハマり、英語に触れる時間が増える
- それまでぼんやりしていた「(英語の分野で)どうなりたいか」がハッキリしてくる
という流れです。なかなかの良コンボを決めていると思いませんか?
日によってもちろんバラつきはありますが、毎日1時間以上/休日時間があれば2時間くらいは勉強している気がします(風邪引いた日はさすがに減らしたけど)
なんとなく、勉強量を適当なグラフに起こしてみました。

フルタイムで仕事して家事・家族の相手しながらなので、今はこれが限界ですが、それを踏まえ、これを毎日と思うと逆に凄くないか……?凄い!
2年前は仕事で必要だから「やんなきゃ〜😵💫」だったのが、今は時間があれば「やるぞ〜!🤸」になってるのがとてもすごい。
なんとなく、勉強量を適当なグラフに起こしてみました
そもそも私は頭が良くないので、まだまだビギナーの枠は超えられていませんが、亀の速度でも機嫌よく長く続けるのが1番かなと思うので、少しずつ頑張ろうと思います!
全体の感想
長くなりましたが、書きたいことは全部書けたかなと思います。
「目標のない1年を過ごしてみる」
最初は本当に慣れなくて不安でとても辛かったですが、1年前には想像もつかなかったようないいことがたくさんありました。
いい人生を送るために、目標って必要なものだと思って子供の頃から生きてきましたが、実はそんなこともないのかも。
それが分かったのが一番大きいですね!
そして、そんな1年を過ごしてみたけど、だらける方向にいかず、結局なにかに打ち込む方向になってるので、やっぱり私はなにかしらはやってないと落ち着かないのだなということも改めて分かりました。
これからは、意味もなく変に自分の生活を縛ることをせずに、もっと物事を大きく広く見て、大股で歩いてみようかなと思います!
ぐにゃぐにゃ歩くのもいいかも。ひとまず、正確に一歩一歩進むみたいなことは少し忘れてもいいのかも(疲れるしね)
また、過去に設定済の人生の節目目標を無くしたわけでもありません。
それについても、去年は考えるのをやめていたので、また少しずつそこに向けても頑張っていく必要があります。
自分を追い込むことをせず、工夫しつつ、来年からも楽しく頑張っていきたいと思います!
今年の目標
最後に、今年の目標です。去年は目標を設定しなかった結果、いいことがたくさんあったわけですが、今年はまた目標を掲げてみたいと思います!(やっぱりなにもしないことの不安感みたいなものはあったので………)
ただ、具体的な量を決めてちまちまこなす感じじゃなくて、太いレールを敷いて、その上を歩いてみようかなみたいなイメージでいます(分かりづらい)
そのレールですが、来年は英語をもうちょいやろうかな!と思っています。
英語の項目で書いたように、2年前に比べると目的がぼんやりしていたものからハッキリしてきて、「仕事のため」ではなく「自分のため」になってきたので、そこを目指して日々勉強をしていくという感じです。
そしてもうひとつは、ダイエットですね………
体重がめちゃくちゃ増えてしまったので。これは年間通して気にかけていたので、運動もそこそこしていたのですが、かなしいかな 今年は体重増加。
2022年はダイエット目標があったので痩せて言ってたのですが、2023年は目標を定めずに、座ってる時間が増えた結果なのか……徐々に太ってしまいました。
休日にいろいろ食べてしまってるのが原因だと思うのですが、それよりも年々体重が落ちにくい体質になってきてるほうが理由としては大きい気がする(基礎代謝の低下)
だって運動量も食べてる量も、だらだらしてた時間も、実は例年とあまり変わってないからな………
もう老いぼれになってきたことをしっかりと自覚して、健康管理をしていきたいですね。一昨年のように、楽に痩せるというのはもう難しくなってきてるのかもしれない。
来年は、またあまり絵を描かないかもしれないけど、英語のダイエットを楽しくがんばります!
絵はわずかですが、少し描きたいという気持ちは復活しつつあります。これを無理やり呼び起こすのではなく、本当に描きたくなるまで待ってみようかなという気持ちでいます。
どうしても描きたくなったら、進んでペンを握るさ。
さて、長くなりましたが、2023年の振り返りはここでおしまいです。
書きたいことがたくさんあって、本当に長くなった。けどまぁそれはいいことじゃんね。
来年もはたして私は、痩せて、英語力があがるのか………楽しみですね。頑張ります!
では強引な締めですが、ここで終わります。
みなさま、今年もよい1年をお過ごし下さい!
なまえの話
みなさまは、ご自身の名前で苦労したことはありますか?
私はものすごくたくさんあります。今回の話は、私が名前で地味に苦労してきた(している)話です。オチはおろか内容もない、ただの人生の小さな苦労話です。
最近、クリスマスケーキを予約した際にまた”それ”が起こってしまったので、なんとなく書いてみようと思い今に至ります。
わたしのなまえ
本名をここに書くのはあまりにもリスクが高すぎるため、あんま詳しいことは書けないのが申し訳ないのですが、私の名前は日本人にも外国人にも初見だとちゃんと読んでもらえない名前です。
一応書いておきますが、キラキラネームではないんですよね。”緑輝”と書いて”サファイア”と読む………という感じではありません。当て字でもないし、普通に読める名前です。ただし読んでもらえない。
その理由と特徴をまとめてみました。まずは国内で起こるものから。
【 国 内 】
- 漢字で記載した際に読み方が複数あり、一番マイナーな読み方が正しい読み方。なので初見では100%正しく読んでもらえない。
- そもそも響きが珍しいので、口頭ではっきり言っても伝わらないことが多い。私達が、聞き馴染みのない外国語をきいて「……?」てなるような反応をされることがある(けど外国語っぽい名前というわけではない)
- 日本で馴染みのあるとある食べ物と響きが似ているため、口頭で伝えた際に、その食べ物の名前だと思われることが多い。
本名をここに書けない以上、想像がつきづらいかもしれませんが………なんとなく理解していただけると幸いです。
一番厄介なのは、やっぱり字面から連想できる読みがひとつではないというところです。
例えばの話にはなりますが【浩一】という名前は、【こういち】【ひろかず】と読むことが出来ます。決してキラキラネームではないですが、間違えが発生しやすい名前だと思います。
浩一(ひろかず)さんもきっと、こういちさんとよく間違えられるんじゃないかなと………私の名前はそんな感じです。
学生時代には、部活のときだけたまに会うような他校の友達に、ずっと別の読み方で覚えられいて数年越しに訂正………とかあったなぁ…………
私は別にいいんだけど、やっぱり訂正するとちょっと気まずい空気にはなる。
先日も、クリスマスケーキの予約をした際の話。
こうなることが予め分かっていたので、はっきり名前を伝えたのですが、聞き馴染みのない音に店員さんが「………?」となったあと、自信なさそうに予約表に書いた名前が間違った名前でした(良く似た響きの食べ物の名前と間違えられていた)。
さすがに予約票なので、訂正してもらいましたが、私自身はもう正直慣れてしまっているので、わざとでなければ不快な気持ちにすらなりません。むしろ申し訳なさのほうがあるというか………
※ちなみに、「もうこいつ一生関わることね〜だろうな」と思った場合は、訂正せずにそのまま間違った名前のままやり過ごすことも多々あります。
では次に、外国人にも難しい点について記載していきます。
【 海 外 】
- 苗字含め名前が長めで発音が難しい(結婚してさらに長くなった)
- 単体の母音や黙字(扱いになる文字)が含まれており、出身地によっては音が変わったり抜けたりする。
- 英語圏でそのまま発音すると、異なる意味になる(あまりいい意味ではない)
- (国内版にも記載しましたが)日本の有名な食べ物と響きが似ているため、日本に住んだことのある外国人なんかは、その食べ物の名前だと認識してしまう。
- 通販で海外便を利用すると、伝票の文字が筆記体で崩れすぎて性転換が起こる(例えだけど、YuriがYujiになり、国内伝票になった際にカタカナでユウジ様と書かれた伝票が送られてくる感じ)
- 日本語非ネイティブが発音しづらい音の並び(そもそもネイティブかつ名前の持ち主である私が、やや発音に詰まる音の並びだと感じる)
大変でしょ!数え役満だよね本当に。
正直言うと、海外の人とやり取りする機会はほとんどないのですが、学生時代はALTの先生にきちんと名前を読んでもらえないことが多かったです。
当時はまだ言語の特性など分からない歳であったものの、黙字の存在はなんとなく知っていたので、そういうものだと思い、やや諦めていました。
諸々の都合もあり、プライベートの付き合いがある外国人の友達には、日本でのニックネームやイングリッシュネームで呼んでもらうことでこの辺の問題を解消しています。
※実をいうと、イングリッシュネームを作るのもめちゃくちゃ大変だったのですが(なんでもいいとはいえ)、本題とズレるので今回は割愛。機会があればまた。
そう思うと、日本国内でも私は名前より、名前や苗字をもじったニックネームで呼ばれることが多いかも。実は名前をあんまり使っていない。今ふと気づいたけど………!
話は少し変わって、職場の話。
今勤めている職場は外資系で、さまざまな国籍のスタッフが在籍しています。
名前に関しても、スタッフは全員 英字のファーストネーム呼びなので、とりあえず日本人に名前間違えられることはなくなりました。それだけで、今ものすごく快適です。
しかし海外スタッフは呼びづらいだろうなといつも思う。というか実際呼びづらそうである。
イングリッシュネーム・持っている人はミドルネームで呼んでもらっているスタッフもいますが、基本的にはみんな正しく本名で呼び合いましょうの雰囲気はあるので、海外スタッフも規則に則って私のことをきちんとした名前で呼んでくれるので、ありがたい話です。
ただ、職場において、これは特殊で運が悪かっただけの話になるのですが、業務で頻繁に使用しているプロンプトに本名とめちゃくちゃ近い単語があり、よくエラー対応をしていただく際に打ち間違えられるという難点は増えてしまいました。
なんなら私もよく打ち間違えてしまい、無意識に自分の名前をコマンドプロンプトに入力して「え………なにも反応がないんですが…………」となることが多々(自分の名前を入れて動くわけがない)
以上です
最初に書いたとおり、オチもなければ内容もない話でした。子供のころから経験していることなので今更なのですが、クリスマスケーキ予約の際にやっぱり間違えられたので、これまでの苦労を少しまとめてみようかなという気になった感じです。
余談ですが!
- 高校2年生のときのクラスは、なぜか私のような難読ネーム(非キラキラネーム)がめちゃくちゃ多かった
- 以前勤めていた会社は、なぜか難読苗字や難読ネーム・ちょっと珍しい名前の社員がとても多かった
という、私が多数派にいた経験は一応ありました。まぁ結局、どちらもニックネームで呼ばれていたのですが……。
それと、最後に一応書いておくけど、私自身は自分の名前は気に入っています。
良くも悪くも目立つし、たくさん苦労はしていますが、珍しさ故に一度分かってもらえたら、しっかり覚えてもらえるメリットはあります。名前だけで一方的に知られて、たくさんの人に声をかけてもらうことも多い。
同じ名前の人にも出会ったことがないし唯一無二な感じもある(一応ネットで同名の方の存在は確認している)
名付けの由来もとても気に入ってるし、その通りの人生を辿っているかなと思うので、両親にとても感謝はしています。だからこれは決して文句ではないということだけここに記載しておきます。
※名前を間違えられやすい点に関しては両親も把握済み
ただ、今後子供に名前をつける未来があるとしたら、本人が苦労しない名前にしたいなとは思う(笑)
やっぱり、何度も訂正するのはめんどくさいので!
これから先の人生も、間違えられまくる人生だと思いますが、強く生きていこうと思います。
じゃね!
最初
はてなブログをはじめたため、はじめての記事を書こうと思うが、最初に言っておくと内容は全くない。
これは、最初の記事はちゃんと書きたいというすごくどうでもいいこだわりによるものである。
開設のきっかけ
とりあえず、ブログ開設のきっかけだけ書いておくと、ここと別でやっているSNSで小鳥のさえずりが稀に長文化しがちなため、長文を収めておく場所が別で欲しいなと思ったのが理由。
また、ブログみたいなサービスでは、ぷらいべったーを既に利用していて気に入っているが、ここ数ヶ月のイ一ロンの仕事が恐ろしく早く、ツイッターの雲行きが怪しくなってきたため、それに依存しないサービスが欲しいなとも思った。
新サービス登録にあたって、noteにするかも悩んだのだけど、コメント閉じる機能が500円/月。貧民の私にはとても払えそうにない。残念。
そこで、いろいろ悩んで、過去にちょっとだけ使用経験もあるはなてブログさんに再度お世話になることに。
またよろしくね。
なにに使う
役目としては、上述の通り、長い文章が書きたくなったときに適宜使用という感じ。
リアルタイムでお届けしたい・勢いが大切なさえずりは、長文さえずりとして各SNSでお届けしようかなと思う。
けど、なにか記録を残したいものや日記など、落ち着いているときだらだらと書き記したいときはこっちを使用しようと思う。
また、こちらからツイッターのようなSNSへの流入も狙っていないため、ここにはなるべくパーソナルな情報やリンクも貼らない。
あくまでここは、SNSで語るには長すぎるものを収める場所。外付けHDDのような………そんなイメージでいる。
どのくらいの頻度で使うかなども未定だけど、ここがあればSNSでの怒涛のさえずり率は軽減できる気がしているので、うまく活用したい。
最後に
今回は最初なので、お行儀よく記事を書いたけど、これからはですますだであるは混合・たくさんの誤字脱字の記事が多くなると思う。
基本的にそんなに頭が良くないので、読みにくい文章もあるかも。
でも日本語の文法などもはや今日無視され続けているわけだし、いいよね。
誤字脱字は、気づいたときに直す感じで。
記事はあくまで自分用の記録や、脳内整理目的。
でももしここまで読んでくれた人がいたらありがとう。
じゃね
(追伸)
段落ごとに自動で1行分の行間がつくられるんだね。めちゃくちゃスペース空くからびっくりした。慣れるまで時間かかりそ〜。